Category Archives

3 Articles

創作

安全な場所 深沢レナ

Posted by platon-and-plankton on

 

安全な場所

 

深沢レナ

 

昼寝しているあいだに窓から男が部屋に侵入してくる
男はわたしの上にまたがって性行為を強要し
悲鳴をあげるわたしの首を絞めて殺す
夢をよく見る
そういうときは大抵
目が覚めたあともしばらく動けない
汗なのか涙なのか
頬にしみて痛い
このまえ洗濯物の下着をイタズラされてからだ
昼寝をしていたあいだにベランダに入られた
窓は網戸にしたままで
薄い網越しに
犯人はわたしが昼寝をしているのを見ていたのだろうか
カチャンと新聞入れが閉まる音がして
目が覚めて
ドアの前に行ってみたら新聞入れにわたしのショーツ
少し考えてから
ベランダにいくと
下着だけが散らばっていて
動悸がはげしくなって
しばらく立ちつくしたまま
もしかしてと外の郵便受けを見に行く
鍵を回して開けると
わたしのブラジャーがきっちり畳まれて投函されていた
何が起こったのか
どういう意味なのかよくわからなくて
とりあえず110番にかけたら
すぐに制服を着た男が3人やってきた
玄関のドアを開けたまま
わたしは自分の見たものを説明する
犯人に心当たりはありますか?
首を横に振る
何も盗られてはいないんですね?
首を縦に振る
3人は顔を見合わせる
(きっとただのイタズラでしょう
そうして彼らは3賢者の贈り物みたいに3つの助言を残して去っていく
当面の間シャッターは閉めておいてください
女の子が下着を外に干すなんて無用心だよ
彼氏いるの? なるだけ泊まってもらいなさい
安全のため

 

水滴が顔を伝って
枕に小さな音を立てる
本棚の上の時計が1時を指していて
昼なのか夜なのかわからないけどきっと夜なのだろう
シャワーを浴びなきゃと思っているとスマホの受信音
今仕事終わったからこれから家いく
でもわたし映画見なきゃだよ
俺も見る
わたしはスマホを置いてベッドから這い出る
死んだみたいに冷えた廊下の床
さっと服を脱ごうとするがドアの覗き穴が気になって
念のため浴室のなかで服を脱ぐ
シャワーのお湯にあたり
こわばった体が少しずつほぐれていく
バスタブの上にのぼる白い湯気を
唸りながら吸い込んでいく通気口
むかしテレビで
振られた男が恨みを抱いて
元カノの浴室の通気口に隠しカメラを設置して捕まったという話をやっていた
わたしはちょっと考えを巡らせてから結論を出す
たしかに元カレは冷たい人ではあったけどそんなことをするようなタイプではなかった
普通の人だった
はず
上を見上げてなかを覗き込むが
網の向こうは真っ黒で何も見えない

 

背が2m近くあるから
彼が1Kのこの部屋に入ってくると縮尺が歪んで見える
ネットで買ったばかりの安物の白のカーペットに
30センチの黒い足跡がついているのに気づいたのか気づいていないのか
彼は靴下を脱いで廊下に放り投げ
キッチンに立ち
店からくすねてきたラム肉のシチューをタッパーから出し
鍋に入れて火をつけ木べらで掻き回す
まんべんなく
部屋にみちる獣のにおい
煮崩れた具を
皿に盛り
赤ワインを注ぎ
ローテーブルに向かい合って座って食べる
皿にスプーンが当たる音
いつも通り彼の仕事の話を聞きながら
咀嚼する
乱切りの野菜と子羊がわたしのなかで混ざり合う
骨をしゃぶり
ぜんぶ平らげた彼は立ち上がって
残った骨をゴミ袋に投げ入れる
ごろんとなった
彼は挿してあったアロマディフューザーのコードを抜いて
スマホの充電器のプラグを挿しながら唐突に言う
俺の勘だと犯人は案外普通の学生なんかだな
そうかなあ
そうだよ
そしてリュックから取り出しテーブルに置く
古びたポケットナイフ
むかし借金の取立てのバイトしてたときに使ってたんだこれ護身用に持っときなよ
わたしごしんじゅつなんかできないよと言うと
とにかくまず相手の手を狙えばいいんだよと言って
火傷の跡だらけの大きな手がわたしの手に握らせる
血のしみのついた柄

 

電気を消した部屋に浮かび上がる
ノートパソコンのスクリーン
ホラー映画なのに
うしろから彼が茶々を入れるからつられて笑ってしまう
こうやって二人で笑っていれば何も怖くない気がしてきて
寄りかかる
アルコールと油と汗のにおい
スクリーンのなかの女が怯えた顔をしている
静かになったら要注意
ほら
わたしの太ももをまさぐる大きな手
女が男に向かって怒鳴っている
大きな手はわたしの腰を抱き寄せ
脱がしてくるひとつひとつ皮を剥ぐみたいに
削がれたわたしは無抵抗になって
大きな手が軽々とわたしを抱きかかえて
後ろ向きにさせてわたしのなかを掻き回す
まんべんなく
煮崩れていくわたし
赤ワインにまみれて
女が叫ぶ
痛くしないから大丈夫と言ったのに
(信じる方が悪い
大きな手が音声をミュートにする
テーブルの上のナイフ
手足は切り落として
胴体だけの
四角いかたまりになったわたしを切り分ける
均等に
乱切りになって
わたしのなかで掻き回される死んだ子羊が鳴き
女は叫び
わたしは喚くが
わたしたちの声はミュートされている
行き場を失った声が暗闇に吸い込まれていく

 

下着泥棒にあった
って言うとみんな笑うから
わたしも一緒に笑った
大したことじゃない
ただのイタズラだから大丈夫
イタズラされた下着は
黒いビニール袋に入れて
固く結んで二重にして
燃えるゴミに出した
それから午後3時にはシャッターを下ろして
光が入り込まないように隙間をきっちり閉じた
やっと手に入れたわたしだけのこの空間で
昼下がりには電気をつけずにソファベッドに寝転がって
網戸越しに吹き込む風でカーテンが膨らむのを眺めるのが好きだったんだけど
安全のためには密閉しておかなきゃいけない
実家に知られたら一人暮らしなんかやめて帰ってきなさいとしつこく言ってくるに決まっているから
ちゃんと密閉しておかなきゃいけない
アンゼンのため

 

いつからか
他人が同じ空間にいると眠れなくなってしまって
たいてい考え事をしているうちに朝になる
いびきをかいている大きな塊を起こさないように
そっとベッドから抜け出る
廊下に散らばった靴下を洗濯機に入れてから
結局見終わることのできなかった映画を返しにいく
冬の早朝
見えないところで鳥が鳴いているのが聞こえて
息を吸うと
体の輪郭が戻ってくる
(大丈夫わたしはここにいる
白く息を吐き
大通りにはもうすでに車が溢れていて
通勤の人たちがちらほら歩いている
うっすら汗をかくわたしの体
坂を上り
レンタルショップ屋のポストにDVDを入れ
坂を下り
川に架かる橋
都電がカーブを描いて走り去ってゆく
ここは桜並木がきれいだから春になったら乗りにこようと考えながら
赤信号の交差点
ぼんやりと向こうの高いビル群を見上げていると
ふと
世界が揺れているような気がして思わず
ポケットのなかのナイフを握る
でも大丈夫みたい
青になった横断歩道を誰もが顔色変えずに歩いていく
揺れはおさまったのか
はじめから揺れてなんかいなかったのか
それとも揺れてないフリをしているだけなのか
よくわからないけれど
みんな普通の顔をしているから
わたしも何事もなかったかのように歩けばいい
(今までだってそうしてきたのだから
そうして帰って安全な場所にいればいいと
わかっているのだけれど
わたしは歩き出すことができない

 

 

 

 

 

 

 

 

創作

ロボットが空から 深沢レナ

Posted by platon-and-plankton on

ロボットが空から                  
               
深沢レナ
                      
        
     
ロボットが空から落ちてくる
そんな映画を撮影しましょうわたしたち三人で
ジャングルジムのてっぺんからわたしを見下ろして柔らかにそう言うのは
ハルの声 
そうね
はじまりはどこか遠くの星 
終わりかけている惑星
そこで捨てられてしまったかわいそうなロボットが
落ちてくるのこの街のこの公園に
落ちてくる過程で
重力にほどかれてしまったロボットのからだは
分解されてばらばらになって
部品そのひとつひとつが
舞い降りてくるの綿毛みたいにゆっくりと
ゆっくり
落ちてきたからだは
空色や
雲の色をした遊具にあたって 
そのあたった音が音楽を奏でて
それに合わせてわたしたちは踊る
そんな映画を撮りましょう
ハルはそう言って長い髪をふりほどいて
ハルのよこに座っているカゼがハルの透けるような髪をとかしている
わたしはそれを見て
なんてきれいな二人なんだろうと
なんて完成されているのだろうと
王女と王子みたいでわたしは王座を見上げるかのように
ブランコの上で
ただ頷く
彼女たちはカメラを通す前から完成しているから
わたしは何もしゃべらないほうがよいのだと
いつも思う
わたしが口に出すことは二人には 
この街には 
場違いな言葉ばかり
彼女たちにもそれがわかっている
話をするだけで話をききはしない
きれいに心地よくひびかせたらそのまま二人でどこかに吹いていってしまう

誰もいなくなった公園でわたしはひとり
ブランコをこぐ
きしむ
金具
わたしの出す音は汚い
ぎいこうぎいこう
くりかえし
くりかえす
今日もわたしは何も言えないまま
なんて
きれいな二人なんだろうと
なんて完成された二人なんだろうと
見上げていた
でも
つくりものでしかないじゃない
ハルもカゼもその言葉もこの街も
表面を
やさしくなでているだけだから
重さなんか持たずに
すぐ忘れる
同じ
言葉を同じ毎日を同じ芝居をくりかえして
ばかり
そうくりかえしてばかりじゃない愛しかもたないわたしたちは
つくりもの
だらけのパステルカラーに埋めつくされてしまったこの街で
この街は
雨のふることがないから人々は屋根をつくることもせずに
無防備に
心地よさに麻痺してしまって痛みを感じないまま
えんえんと
トランプを切り続けているかのように薄い日々を水増しし
そしていつか
使い終わってどこかになくしてしまった消しゴムみたいに
知られることのないまま
死んで消えてしまうだけの命を
祝福するように
すりへらして

ブランコをこぎながらわたしは地面を
蹴る
浮いて
上を
向いて思い切り身をそらし
このまま何もかもが逆さまになってしまえばいいのにと
空を見る
ぎいこうぎいこう
雲を見下ろして
ぎいこうぎいこう
見下ろしていると点
点?
黒い点
黒い小さな点が
点が
一つ
じゃない三つ、四つ、六つ、八つ、十、二十、
ちがう、もっと、五十、六十、いや、一〇〇、二〇〇、三〇〇
足りない、五〇〇、六〇〇、まだ、そう、一〇〇〇、莫大な、無数の、

点が
わたしたちの星に
わたしたちのこの街に
わたしの
この公園にやってきて
ロボットが
空からロボット
空からロボットが落ちてくる
落ちてくる
それは
無数のボルト
無数のナット
無数の
ネジ
無数の金属の破片それは突然と激しくふりそそぐ
ふりそそぐ
それは落ち
叩き
散らばり
叩きつける訴えかけるように
殴りつけて地面を
えぐりすべり台を
割り
シーソーを折り曲げ
板を打ち
破って
崩壊させる
ジャングルジムを
まだ
止まない点

点が
新たな点が次々とこの街に出現しては墜落し
生まれてくるかのように
死に続ける
ロボットが
ロボットが空から
ロボットが空から落ちてくる
ロボット
それはかつてロボットであったものたちの亡骸それは
かつてロボットであったはずの欠片たちが落ちながらかたちづくる集合体
集合体が鳴らす
その音は
その音は音楽なんかじゃ決してない、そう、叫びだ
叫び
それはロボットの叫びである嘆きである怒りである
それはわたしの叫びである嘆きである怒りである
雨のようにふる点
雨のようにふるロボットそれを
わたしは懐かしいと思う
その感覚を懐かしいと思う
待ち望んでいた柔らかなこの街を打ち破る存在を
強くもっと強く
叩け
わたしに冷たく硬く重く
わたしは硬く雨を落とす
かつてロボットであったはずのきみ
かつてロボットであったかもしれないわたしのからだを
打ち破って
そう
わたしの顔を思い切り内から破裂させろ雨
食い破るきみの顔をわたしの顔を確実に
染み込ませてわたしがここに立っていることを
証明して
消えることなくわたしは笑い
消えることなくわたしは息絶え
確実に血を残すからそれを
着実にひろいあげて吸い込んで
雨が
新たな雨を呼んで
水色ではなく錆色に染まりきった雨をここに
落ちるまでに吸い込んできた血の匂いをたぎらせて雨が
眠りきったこの街に
現実を投下する

ロボットが空から落ちてくる
それは
映画のスクリーンの中だけで起こること
けれどそれは
わたしの中で起こることかもしれず
いつかあなたの中でも起こりうること
今日も
人々は中に入っては出
目覚めては眠ることを相変わらずくりかえす
そしてまた夢からさめて
まださめてはいなかったのだと
眠りにもどり
でも夜はじっと身を潜めてあなたのすぐ近くに
生きている
王女と王子には聞こえないようにひそかに
どこか遠くの星で
捨てられたものたちが宇宙を落下しだし
この街のどこか忘れられたはずの裏路地で
誰かの影が
そっとはじまりをつげる

ロボットが
空から

創作

うおの群れ 雛倉さりえ

Posted by platon-and-plankton on

うおの群れ

雛倉さりえ

 

 青い空に、たくさんの魚が浮かんでいる。あれは魚ではなくミサイルで、でもほんものじゃなくてにせもので、大昔、空に灼きついた影なのだということを、前に夫がおしえてくれた。夫はうまれつき目が三つあって、まばたきのたびにたくさんのまつげがこすれ、羽のような音が立つ。身長は私の三分の一くらいで、毛の生えていない頭は、石みたいにつるつるしている。
 今日のお昼は外で食べようか、と夫が言い、私はうれしくなってぜんぶの腕をふりまわす。裏で採れたリンゴをかごに入れ、私たちは手をつないで家をでた。空は晴れわたり、見わたすかぎりのくさはらも、あおあおとひかっている。途中、ひと組の老いた夫婦とすれちがった。地面をこするほどながい腕と、うろこの生えた手を絡ませて、ゆっくり歩いている。すれちがいざまに、しわだらけの顔が二つ、こちらに向かってにっこり笑った。
 丘に着いた私たちは、並んで坐ってリンゴをたべた。いま、私たち、にんげんっぽい。呟くと、夫はうべなう。ぼくらはにんげんだよ。そうだ。私たちは人間で、生きることはたのしい。まいにちごはんが食べられるし、夫はいつもやさしい。でも。ままごとみたいだ、とときどきおもう。もっと正しいかたちをしたほんものの暮らしが、かつて、どこかに、ここに、あったのではないか。
 食事のあと、夫は私を草の上によこたえた。夫の頭はかすかに青く、舐めると塩の味がした。肩ごしに見える青空には、かぞえきれないほどたくさんの魚たちが群れている。こうやって、すこしずつ殖やしてゆけば、またもとどおりになるのだろうか。もとどおり、というのがなにを指すのかわからないまま、私はおもう。それとも、もう何をしたって、まちがいにしかならないのだろうか。
 風がふいて、花の香りがながれてゆく。夫が私の名前をよぶ。三つの目のすべてに、私の顔がうつっている。ぜんぶの腕と、ぜんぶの脚をつかって、私は夫をだきしめる。絡みあった私たちを、はるか天の高みから、魚たちが見おろしている。